ERP であるための条件

びっくりされたであろうか。

「ERPの導入目的」という記事の冒頭で、“ERPであるための条件” に言及しているからだ。

理由は、大半のERPベンダーサイトのERP向けコンテンツは、ERPがERPであるための条件を、説明していないからだ。

なぜ、このサイトでは、ここまで言及できるのだろうか。

理由は、ERPの導入・活用ノウハウの冒頭の「はじめに」をご覧になれば、ご納得いただけるはずだ。


ERPは、統合基幹業務パッケージ・ソフト(Enterprise Resource Planningの略)だ。尚、英語を日本語に翻訳しても、発音のカタカナ表記になるだけだ。

ここで統合とは、販売管理、購買管理、経理、生産管理などの基幹業務向けに開発されたシステムを、相互にリアルタイムで連携(統合)しているという意味だ。

ちなみに、販売管理システム、購買管理システムなどの業務システムを統合しているERPは、各々のシステムを、販売管理モジュール、購買管理モジュールなどと呼んでいる。

ところで、各々のモジュールを相互にリアルタイムに連携するには、ERPのデータベースは、統合化(一元管理)されている必要がある。

ということで、ERPは、次の2つの条件を満たす必要がある。

  1. データの一元管理
    データベースは、(論理的には)1つに統合化されていること
  2. データのリアルタイム処理
    入力したデータは、全てのモジュールに即時に反映されること

すると、ERPで構築した業務システムでは、業務の流れと情報の流れ、物の動きと情報の流れ、金の動きと情報の流れが、常に一致することになる。

この2つの条件は、とても重要だ。(後で、3つ目の条件を追加説明している。)

あなたの会社に “ERP” が導入されていれば、稼働しているERPが上記の2つの条件を満たしているかどうか確認されることを、強くお勧めする。

ERPの導入目的

ご承知のように、ITは道具(手段)だ。もちろんERPも道具だ。

でも、グローバルな経営環境では、ERPの威力は道具の域を超えている。

では、ERPはグローバルな経営に、どう役立つのだろうか?

満足していただけるだけの説明をするのは、正直大変だ。

なので、主要なポイントを ■ で表示し、ポイント毎に実践的な説明を追加する。

■ ERPは、全社的な業務プロセスの改革を継続的に行うための基盤

突然、難しい表現を使ってしまったので、少し違った言葉で説明する。

ERPは、部門最適で構築されている既存の業務システムを、部門横断で最適な業務プロセスに変革するための基盤だ。

これでも、わかりにくいかもしれない。

そこで、与信管理を使った具体例を説明する。尚、与信管理の業務は、営業部門と経理部門が関わっている。

与信管理は、営業がお客様から見積もりの依頼を受けた時、そのお客様の売掛金の残高を調べて、もし売掛金の残高が一定の金額(与信限度額)を超えている時は、そのお客様には、売掛金を払ってもらうまでは販売しない(売掛金の残高を、与信限度額以上にはしない)という機能のことだ。

もちろん、売掛金が回収できなくなるリスクを減らすためだ。

さて、営業マンが、お客様から見積りを依頼されたとする。その時点で、そのお客様には、ERPを調べると売掛金がかなり残っているとする。

尚、経理部門には、売掛金が与信限度額を超えている場合、製品の出荷は認めないという業務ルールがあるとする。

自社開発の販売管理システムを使っている企業の営業マンには、お客様の売掛金の残高がいくらあるのかは、わからない。

それを知っているのは、経理部門だ。経理部門の売掛金担当者は、お客様から自社の口座に入金があったら、取引銀行から “XXのお客様からYY円の入金がありました。” という知らせを受けるからだ。

入金の知らせを受けた売掛金担当者は、自社開発の経理システムを使って、入金消し込みという作業を通じてお客様の売掛金を、入金された金額分だけ減らすことになる。

自社開発システムの場合、販売管理システムと経理システムが連携していないので、営業がお客様の売掛金が与信限度額を超えているかどうかを知るには、経理部門の担当者に電話やメールで問い合わせることになる。

ERPの場合、営業マンが販売管理モジュールに見積金額を入力すると “警告”(与信限度額を超えている)メッセージを、画面に表示する。

ERPの販売管理モジュール向けのパラメータ設定(※)で、売掛金が与信限度額を超えている場合、その顧客の見積書を印刷できないようにすることもできる。

※ パラメータ設定について
ERPでは、導入時に、例えば固定資産の減価償却を定額法にするのか定率法にするのか、原価計算を移動平均原価法にするのか標準原価法にするのかなど、業務ルール(や業務プロセス)の選択を、パラメータの設定で行う。

さて、警告メッセージを確認した営業マンは、お客様には見積書を送らずに売掛金の入金をお願いすることになる。

当然だが、ERPでは、売掛金の限度額は、お客様毎に設定できる。

ちなみに、初めてのお客様の場合には、与信限度額を0円、つまり、前払いしか認めないという設定もできる。

ところで、一元管理されたデータをリアルタイムで処理しているERPにも限界がある。

お客様が入金した(つまり、売掛金の支払をした)にもかかわらず、経理担当者が、お客様の売掛金の消しこみ作業を行っていなかったらERPは警告メッセージ(与信限度額を超えている!)を表示する。

すると、営業マンは、与信限度額を超えていないお客様に見積書を発行できないことになる。

営業マン: お客様、申し訳ありませんが、今までにお納めした製品の代金をお支払いいただかないと、ご依頼があった見積書をお出しすることができません。

お客様: うちのERPで調べてみたら、御社への買掛金は全部払っているヨ

営業マン: エッ! すいません。当社の経理部門に確認してみます。

営業マンは、入金消し込み作業を行っていなかった経理担当者を責めることになる。

  • ERPでは、与信限度額をお客様毎に管理できるので、与信管理を柔軟に行える。
  • ERPでは、発生時点での入力(リアルタイム処理)が原則なので、部門間のデータ連携の遅れから生じる不具合を回避できる。

現実には、ERPが本番稼働した時点では、お客様毎の与信限度額は設定していないかもしれない。

そこまで手が回らなくて...

マスターファイルのメンテナンスは、面倒で時間がかかる作業だからだ。

なので、ERPを導入してから、お客様の過去の実績などに応じて与信限度額を設定することになるかもしれない。

ERPの本番稼動後も、部門横断での継続的な業務改革が必要なのだ。

尚、営業マンが、お客様毎の売掛金管理への照会ができるように、ERPの経理モジュールのアクセス権を設定する必要がある。

また、売掛金担当者には、お客様からの入金があったら速やかに入金消し込み作業を行うように業務の運用方法を変えてもらう必要がある。

■ ERPでは、販売価格の割引率を柔軟に設定できる

具体的には、例えば下記の項目の組み合わせが自由にできる。

  • 顧客のランク(上得意客/得意客/顧客... )に応じた割引率の設定
  • 受注数量に応じた段階的な割引率の設定
  • 製品の販売計画を考慮した割引率の設定
  • 営業担当者に応じた割引率の上限の付与

その結果、以下のような営業戦略の導入や営業管理を実現できる。

  • 顧客のランクに応じた割引率による顧客サービスの差別化
  • 利益率が高い製品の販売促進
  • 原価割れする販売の防止

■ ERPは、無駄のない業務プロセスをゼロベースで構築できる

ERPの導入方法論を適用して自社開発システムをERPで再構築すると、現行の(無駄な、ブラックボックス化している)業務プロセスを捨てて 新業務プロセスをゼロベースで設計できる

言い換えると、ERPの導入方法論を適用せずに導入すると、無駄な業務プロセスを捨てられない、早晩、新業務プロセスがブラックボックスしてしまうということだ。

現行の業務プロセスをゼロベースでグローバル・スタンダードに変えると、業務処理の標準化と業務の生産性向上が同時に実現する。

ここで、ERPであるための3つ目の条件を追加する。

3.自社向けの業務プロセスが、パラメータの選択設定だけで実現すること
ERPには、標準的(グローバル・スタンダード)な業務プロセスが含まれており、各モジュールのパラメータを選択設定することで自社向けの業務プロセスを設計できる仕組みになっている。(業務プロセスは、業務ルールと業務フローを含めた用語)

■ ERPは、全部門のデータを一元化して共有活用するための基盤

データを一元管理することで、データの管理/活用を効率化できる。

ERPを導入すると、データの入力や変更作業は、1回で済む。
同じデータを複数の部門で重複して入力するという無駄がなくなるのだ。

すると、データの入力ミスによるデータの不整合がなくなる。

また、部門間の壁を超えてデータを活用できるようになるので、他部門からのデータ照会への回答業務がなくなる。

その結果、顧客からの問い合わせに迅速に対応できるようになる。

結局、顧客サービスが向上するので、自社の競争力の強化につながる。

■ ERPを導入するとBIを導入/活用する条件が整う

BI(Business Intelligence  ※) を使うと、前日までのデータを使って経営判断や意思決定が行えるようになる。日次決算ができるようになるのだ。

  ※『ERPのデータをBIで活用する』 の記事で説明している。

■ ERPは、機能指向の考え方をプロセス指向に転換する基盤

会社の組織は、営業部、購買部、経理部、製造部など、機能毎に分かれている。

ERPを導入すると、部門横断での協調作業により、部門最適[機能指向]から部門の利害を超えた全体最適の視点[プロセス指向]でBPR(業務改革)を推進できる基盤が整う。

業務改革を推進できる(= ERPに精通した)人材がいなければ、猫に小判だが...

上場企業では、内部統制や国際財務報告基準への対応向けに、業務の仕組みを変更する(つまり、業務改革を推進する)必要があるが、業務改革を推進する人材がERPのパラメータを深く理解していると、外部のERPコンサルに支払うお金を相当減らすことができる。

■ ERPでは、コード体系は1つ

ERPを導入する際、部門毎に別々に定義されている品目マスター、顧客マスター、業者マスターなどのマスターファイルを、1つに集約する。

その結果、マスターファイルの維持管理(登録/変更)業務の生産性が、著しく向上する。

但し、ERPを導入して活用するには、以下の業務改善を前もって行う必要がある。

  • 帳簿在庫と実在庫ができる限り(98%以上)一致すること
  • 品目マスターのリードタイムの精度を高めること
  • BOM(部品表)やレシピの維持管理を迅速に行える体制にすること

ERPは、業務ルールや業務プロセスの即時変更を実現する

ERPのパラメータを変更するだけで、業務ルールや業務プロセスを、関係する業務モジュールとの整合性を保ったまま、即時に変更できるようになる。

自社開発した業務システムで同じことを行おうとすると、関連するプログラムの変更に最低でも数か月かかことになる。テスト不足だと、本稼働後も不具合が多発することになる。

■ ERPは、データのドリルダウン機能を提供する

例えば、損益計算書で気になるデータを発見した場合、そのデータを取引の発生時点(入力した仕訳伝票)にまでさかのぼって分析することができる。原因究明の機能が充実しているということだ。

■ ERPは、業務処理のグローバル対応を可能にする

グローバル経営を行っている企業は、国際財務報告基準に基づく連結会計決算、各国の言語/通貨/法制度/商習慣への対応などが必要だが、ERPには、それらの機能が標準機能として備わっている。

■ ERPは、システムがブラックボックス化しない仕組みを実現する

ERPを導入すれば、業務処理ノウハウの属人化の排除、未熟練者のスキルアップまでの時間短縮/即戦力化が実現し、経営リスクの低減や人材の即戦力化を図ることができる。

但し、ERPのカスタマイズは行わない、現行の業務プロセスには合わせない ことが肝心だ。

■ ERPは、先進のITを取り入れ続けるための仕組みを提供する

ERPの開発業者は、経営に効果的であることが立証された先進のITを、自社のERPに取り込み続けている。

ERPを導入・活用しているユーザー企業は、ERPのバージョンアップを行うことで、先進のITを取り入れることができる。

ここで、非常に重要な点がある。

ERPのカスタマイズ(ERPのプログラム自体の変更)は、絶対に避けねばならない。カスタマイズすると、自社のERPを最新のバージョンに更新(バージョンアップ)できなくなるからだ。

■ ERPは、SCMを使った企業間連携を実現するための前提条件

お客様、供給業者、流通業者などの取引先とビジネス情報を共有し、企業間の供給連鎖(サプライチェーン)全体としての最適化を目指すには、SCMとERPとを連動させることになる。

ERPを導入し、ERPを使った基幹システムの運用が安定してからSCM(サプライチェーン・マネージメント)の導入を行うことになる。

■ ERPは、Eコマース(電子商取引)を実現するための前提条件

インターネット経由で製品や商品を販売する場合、見込み客からの価格、在庫、納期などの問い合わせに、即時対応できる必要がある。

お客様とのインタフェース機能の役割を担うWebシステムと、お客様からの問い合わせに必要な最新のデータを持っているERPとを連携させることで、顧客満足度が高いEコマースの仕組みを構築することができるようになる。

ERPの導入目的』 を説明してきましたが、ご理解いただけただろうか?

ERPは、これほどまでに素晴らしい道具なのだ。

決算業務処理の短縮化だけを目的に導入するのは、あまりにもったいない。

ちなみに、ERPの導入方法論を適用すれば、確実に ゼロベースでの業務改革が実現する。(逆に、ERPの導入方法論を適用しなければ、その時点で失敗が確定する。)


ここまで読まれたあなたには、今までに指導してきた企業の経営者に共通している問題意識に基づくERP導入の典型的な目的を、開示する。

ERP導入の典型的な目的は、経営者が、前日までの信頼できるデータを使って、日々の意思決定が支援できる仕組みを構築することだ。

そのためには、稼働したERPの運用が安定してきたら、経営者がERP導入の効果を実感できる BIシステムを構築する必要がある


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