長年、ERPの不具合(含 MRPが現場で活用されていない)が放置されていた企業で、その不具合が治る見通しが立った時に起きた状況で迫られた、ERP管理者としての “土壇場の決断力” をご紹介する。

 某企業に、アジア太平洋地域のERP責任者として入社した時のことだ。現場のERPユーザーの方と話をしているうちに、修理ビジネスで使っているERPのモジュールがうまく動かず、その仕事の現場責任者は、長年不便を強いられていることがわかった。

それまでの経緯を調べてみると、何回か解決を試みようとしたのだが、結局、実際の行動が伴わずに、今日まで至っていることがわかった。

自社のERPの支援を担当しているシンガポールのベンダーの責任者と協議を重ねていくうちに、その問題を解決する方策として(読者が理解する必要がない専門用語を使わずに)ERPのデータベースの再構築が唯一の策であることがわかった。

ところが、この仕事ができる人材をERPベンダーが準備できないのである。その企業にERPを導入したERPコンサルタントは既に退職し、その後の不具合対応に携わったERPコンサルタントがいるにはいるのだが、他の顧客対応で忙しく、来日してデータベースの再構築をする日程の調整が取れない。

しばらくして、その企業のERPの維持管理の責任者から、“中国支社にできる人物がいる” との打診があった。

ご承知のように、中国人は、技術を身につけて、より条件のいい会社に転職する技術者が非常に多い。また、セキュリティ上の問題からも、中国人にこの仕事を依頼することには躊躇した。

しかし、硬直していた事態を打開するために、提案を受け入れることになった。その際、ERPベンダーの責任者から、来日する担当者(中国人)には、“絶対にパスワードを教えてはいけない” とのアドバイスを受けた。

さて、日本への入国に必要なビザの取得やなんやかんやで、来日までの2ヶ月間は、電話での協議を何回か開き、手順の確認を念入りに行った。そして、件の中国人が来日した。海外出張は初めてとのこと。

話をするうちに、私は、この人物が誠実な人柄であると感じるようになった。そして、金曜日の夕方6時に、ERPを全面的に止めてデータベースの再構築が始まった。

その日は、午前2時頃には、ERP側の実行待ちなどがある関係で終え、土曜、日曜と作業は続いた。私の役割は、もっぱら昼ご飯と夕ご飯の買い出しだった。というのは、私が、そのERPでのデータベースの再構築についてのスキルに乏しかったこともあるが、餅は餅屋、専門家を信頼して任せた方が、仕事がスムーズにいくと思ったからだ。

ところが、日本で作業中の中国人とシンガポールで待機していたERPベンダーの責任者との間で、作業の進め方をめぐって対立が起きてしまった。

この件で私が取った行動は、ERPベンダーの責任者に “中国人が褒めている” と電話で報告したことだ。

なにはともあれ、作業は進んだ。ちなみに、作業は月曜日の朝6時半までには終える必要があった。バッチジョブを走らせる時間だからだ。

そして、月曜日の朝4時頃に問題が発生した。ちょっとした不手際で、目的である長年の不具合が解決したかどうかを検証するプログラムが、途中で止まってしまったのである。

止まってしまった原因はすぐにわかった。問題は、その時間から検証用のプログラムをもう一度走らせると、6時半までには終わらない可能性があったのだ。

シンガポールの責任者が、私に尋ねてきた。“どうしましょう? 元に戻すか、このまま進めるか?”

元に戻すのは、バックアップしてあったデータに戻すことを意味する。つまり、2か月以上もかけて周到に準備した作業が全部無駄になるばかりではなく、長年困っているユーザーからしてみれば、不便を強いられ続けることになる。

そこで、私はERPベンダーの責任者に質問した。

This is not an official but a personal question.
If you were in my position, which would you select, and why?

責任者の回答は、“続行する。自信があるから。” であった。

しばらく考えて、私は、“GO” と宣言した。土壇場で決断したのだ。

検証以外の作業を終え、5時頃に私のパソコンで検証用のプログラムを走らせて帰宅した。その日の午前中に出勤してパソコンの画面を見ると、検証用のプログラムが、不具合が治ったことを示していた。

この実話を、ERP導入コンサルタント向けの研修で紹介した時、“元に戻す選択もあった” という感想を書いた方がいた。

そうなのかもしれない。

でも、私は断言する。その方は決して優れたERP管理者にはなれないと。企業内のERP管理者には、土壇場の決断力が求められる場面があるのだ。