私が初めてERPに出会ったのは、1996年のことだ。半導体製造装置を製造・販売する外資系企業の日本法人に、ITマネージャー(IT部門の責任者)として入社した。

実は、上司となる経営管理室長や米国本社のITディレクターとの採用面接では、ERPのことは話題にならなかった。私は、当時はERPについて言葉の意味さえも知らなかった。それまでの会社では、鉄鋼メーカーの製造ライン制御向けのソフト開発、自動車メーカー向けの大型プレスシステムを制御するソフト開発、SEとして保険会社や通信会社など膨大な顧客データを管理する企業向けに申込書や契約書などの大量の書類を画像にして管理するシステムの開発、等の仕事をした経験があった。

なので、ソフトの開発、情報ネットワーク、データベースなどの、いわゆるIT(情報技術)については、当時としては相当高いレベルの技術力を持っていた。しかし、ERPを担当する人材に必要な会計、販売管理、購買管理、在庫管理、生産管理などの業務知識は全くなかった。

さて、入社して数週間もすると、社内のERPを使った業務処理の実態がだんだんわかってきた。ERPを米国の親会社主導で導入したのだけれど、ユーザーへの使い方の指導やERPに不具合が起きた場合の対処の仕方などが整備されていないという状況だった。使っていたERPには日本語版はなくERPを使っているユーザーは、画面に英語で表示されるエラーメッセージの意味さえわからず困っていた。

とはいっても、ERPについてなにもわかっていない私には、どうすることもできなかった。最初は、ユーザー向けのパソコン調達や社内LANの導入など、得意な分野に仕事の時間を割いていた。

でも、結局は自分しかいないと腹をくくり、ERPを本格的に学ぶ決心をした。

さて、ユーザートレーニング向けの英文のマニュアルを理解しようとしても、業務用語がさっぱり理解できなかった。

売掛金? 買掛金? 在庫管理? 部品表? 資材所要量計画?

ちなみに、マニュアルには、売掛金はAccount receivable、買掛金はAccount payable、在庫管理はInventory Control、部品表はBOM、資材所要量計画はMRPと、英語で書かれていた。

私の英語力不足が原因ではと思われたかもしれないが、直前の会社でTOEIC800点を取得していたので、英語力に問題があるとは思わなかった。

英文のマニュアルと日々格闘するうちに、まずは簿記の知識が必要であることがわかってきた。そこで、会社ではERPの英文マニュアルを少しずつ読みながら何を学習すればいいのか理解しつつ、自宅や通勤電車の中では簿記の学習を続けた。行きの通勤電車では座れるように工夫し、簿記のテキストの内容を頭で理解し、翌朝5時半に起きて前日に理解した内容の演習問題を解く、というスタイルを6ヶ月ぐらい続けた。

ちなみに、簿記の学習は、テキストを頭で理解しただけでは役に立たないことがわかった。練習問題を解く努力をしないと身に付かない。

真冬の朝、5時半に起きて冷たい水で顔を洗い、下半身に毛布を巻きつけての学習は、今から思うとよく頑張ったものだと思う。ちなみに、TOEICのスコアを3年間で300点上げたのも、この早朝学習や通勤電車での学習の成果だ。

閑話休題、

簿記の3級を学習し終えても、材料費、労務費、経費などの用語は理解できなかった。ちなみに、英文のマニュアルには、材料費はMaterial cost、労務費はLabor cost、経費はExpense、と書かれていた。2級の工業簿記の学習を終えて、ようやくマニュアルの半分程度の内容を理解できるようになった。

しかし、生産管理に関連するMRPやBOMなどの用語や、MRPの計算の仕組みなどは、依然として理解できなかった。そして、結局MRPの意味を理解できたのは、生産管理システム全体の仕組みを体系的に理解してからのことだった。

その後、ERPの実際の操作方法を学習し、80ページ程度のユーザーマニュアルを(日本語で!)作成した。目次もしっかり作った。自力で作ったユーザーマニュアルを使ってユーザー教育を行い、なんとかERP導入の失敗を挽回することができた。

このERP導入失敗の復旧作業に関わる実体験を通して、企業経営の基本である会計、販売管理、購買管理、在庫管理、生産管理などの業務知識を身に付けることができた。