私がERPの導入をプロジェクト・リーダーとして推進した実体験を、某外資系企業に入社してからERPが本番稼動するまでの出来事を通してご紹介する。
縁あって、自動車のシートでは世界1の外資系企業の日本法人にITマネージャーとして入社した。最初に取り組む仕事がERPの導入であることは、入社時の面接で説明を受けていた。だが、入社してすぐに、前任者と前々任者が導入に失敗して退職していたことを知った。しかし、そのことを知っても私は不安にはならなかった。なぜなら、それまでの数々の試練で、その程度の障害への耐久力が育まれていたからだ。ERPに取りかかる前にやるべき仕事があった。
情報系のサーバーが頻繁にダウンしていたのだ。このサーバーがダウンすると、そのサーバーで管理している共有データや電子メールが使えなくなってしまう。このサーバーのトラブルは、最終的にマザーボードを取り換えて解決した。車に例えれば、エンジンを取り換えたようなものだ。原因究明でそのことが判明したのは、夜中の2時過ぎだった。またもや、東京から平塚までタクシーを使ってしまった。
情報系サーバーのトラブルが解消したので、社内の人脈づくりを開始した。ところで、この会社の顧客は、日本の自動車メーカーであるT社、H社、S社、M社、N社だ。
ERPが対象とする業務は、会計、販売/購買管理、在庫管理、 生産計画、物流管理だった。ERPの導入といっても、顧客からの受注データのEDI経由での入手の仕組みや、海外にある自社工場との情報ネットワークでの連携の仕組みなども構築する必要があった。また、米国本社や海外の工場との情報ネットワークの増強も必要だった。サーバールームも作る必要があった。入社時点では、誰でも基幹システムのサーバーに触れる状態だったのだ。パスワードがついた鍵付きの部屋にしたのは言うまでもない。
まずは、海外工場のIT部門の責任者に日本に来てもらい、各事業所を一緒に訪問することから始めた。狙いの一つは、行動を共にすることで強い信頼関係を築くことであった。結果的に、ERP導入での様々な局面で信頼関係による連係プレーができたからだ。
さて、日本の各拠点の状況を把握したので、ERP導入作業の準備として、いつも使っている外部の業者と二人三脚で業務の分析を行った。その結果、約70ページの業務フローを完成させた。 業務上の問題点のヒヤリングも同時に行った。ついでに、失敗しないERPの導入に欠かせない各拠点のキーユーザーとの信頼関係も築いた。
ここまでの活動を通して、なぜERPの導入が2回続けて失敗したのか、その原因がわかった。すでに時効と思うので開示する。原因は直属の上司にあった。前任者と前々任者は、上司の意見に振り回されて力を発揮できなかったのだ。一方で、上司を弁護するわけではないが、目的の達成に立ちふさがる障害を乗り越えるだけの力量がなければ、全社的に影響が及ぶERP導入のプロジェクト・リーダーが務まるわけがない、ともいえる。私がとった策は簡単だ。大げさに言えば、上司に戦いを挑んだのだ。
当時、周りの方々からよく言われたものだ。“鎌田さんはXXさんとケンカしている” と。確かにケンカしているように聞こえたと思う。しかし、私はその上司に対して “この上司とはウマが合う” と心から思って議論を挑んだ。尚、この上司には、再度ご登場願うことになる。なぜなら、後に私の窮地を救ってくれることになったからである。
業務の分析作業を外部委託する予算を確保するために、同時並行的にERP導入推進プランを作成した。当時の資料では、タイトルが、『基幹業務システムの構築 推進プラン』 となっている。
ERP導入推進プランの1番目の項目は、 “2 基本的な考え方/取り組み姿勢” とある。その中に“導入作業は中止する” という文字列が入っている。読者には、ERPの導入を推進するリーダーに必要な資質の一端を理解されたい。ERPの導入を引き受けるからには相当の覚悟がいるのである。失敗すると、投資コストだけでなく、それまでに関係者が費やした膨大な時間やエネルギーが無駄になるからだ。ちなみに、ERPの選定作業は不要だった。インドなど4カ国で、選定されたERPが稼働していたからだ。
さて、ERP導入推進プランの承認及び社内への啓蒙活動を終えて、関心はERPコンサルタントに向かった。2回の導入失敗に関わった出入りのERPコンサルタントが、他のERPコンサルタントを紹介してきた。自分は2回も失敗しているから、という訳である。当然と言えば当然だ。さて、紹介されたERPコンサルタントによるプレゼンを聞きながら私は思った。“このコンサルではダメだ” と。自分とは相性が合わないと感じたのだ。一方で、2回失敗したコンサルタントを使おうと決めた。なぜなら、このERPコンサルタントの力量は、失敗の原因とは関係ないと判断していたからだ。後に、このコンサルタントは、私が困難な課題に直面した時に素晴らしい底力を発揮することになる。
採用を決めたERPコンサルタントが、同じ会社から二人のERPコンサルタントを連れてきた。その中の一人は新人だったが、私は受け入れた。この新人が後で問題になる。
さて、導入作業を支援してくれるERPコンサルタントが揃ったので、彼らに全社的な業務フローの流れと現状の問題点を説明した。あらかじめ作成していた業務フローのおかげで3人のERPコンサルタントは自社の業務の実態を、短時間でかつ正確に理解することができた。ERPの導入作業が始まる前に、社内の業務フローを見える化しておかないと、 ERPコンサルタントは、フィット&ギャップ分析の段階でキーユーザーからヒヤリングしながらパラメータを設定することになる。これは、不適切な方式だ。ERPコンサルタントが、全体の業務プロセスの理解をせずに、部分最適でパラメータの設定をすることになるからだ。

業務分析を通じて整理した業務上の問題点と関連する対策・手段

今度は、ERPコンサルタントと ERP導入計画書の作成だ。主要なマイルストーンと必要な作業項目の洗い出し、役割分担、時期、必要な機器の先行手配、業務上の問題点を解決させるための手段の検討、業務改善で/システム化して/情報の共有化で、等など。
このプロジェクトの制約条件の一つに、プロジェクトが遅れることは許されない、という事情があった。理由は、2回失敗している間に、ある顧客の新車の発売時期に向けた受発注処理の仕組みの構築に向けたスケジュールに余裕がなくなっていたからだ。ちなみに、ERP導入プランは2通り作成した。(結果的には、5社のうち4社向けのEDIシステムの構築を含むERP導入作業は、最後の顧客向けの仕組みが2カ月遅れで、納期には間に合った。)
ERP導入プランでは、毎月の進捗会議についても規定している。私は、近くのホテルの会議室を半年以上先まで予約して、毎回そこを使った。会議の途中で邪魔が入ることを防ぐためばかりでなく、遠方から来る出席者の場所の勘違いを防いだり数ヶ月分の日程をあらかじめ決めておくことで、出席者が参加できない言い訳をさせないためだった。私が作成したERP導入プロジェクトの体制図は、秘密保持の観点で割愛するが、社長を一番下に配置している。言うまでもなく、各部門のユーザー代表の上には顧客がいるというわけだ。
さて、ERP導入作業は始まった。まずは、S社向けだ。その一環として品目マスターの桁数を確認しようとして気がついた。自動車メーカー各社の品番の構造が違うことは当然と思っていた。現実はもっと複雑で、品番を使う用途に応じて品番の桁数を調整しないとうまく動作しないのだ。実例として、S社向けのEDIでの品番の構造を解説する。業務上の認識は5ケタ+“-”+5桁、S社からEDI経由で来るデータの構造は5桁+“-”+5桁+3桁、ERP内では“-”を省いた10桁+ ECN番号、海外の工場から来るEDIデータは10桁+ECN番号という具合だ。他の顧客の品番も、それを使う用途によって扱い方を変えねばならないのだ。
ややこしいのは H社の場合だった。品番の長さが決まっていないのだ。桁数そのものが可変長なのだ。全ての顧客の品番の構造を用途に応じて決める作業だけでも大変だったことがご想像いただけるであろう。
実は、こんなことは序の口で、自動車メーターとの取引の経験がある読者はご存知であろう。EDIの通信方式が全部異なったのだ。T社の通信方式はTNS、H社はIMPACT、S社はS-Net,M社はJUMPと呼ばれている。
このような作業に精力的に取り組んでいる最中に、ある間接部門のマネージャーから、女性のERPコンサルタントを変えてほしいとのクレームが来た。力量不足というわけである。もちろん、私はそのことを知っていた。このコンサルタントが、毎朝6時前に出社してERPを学習していたことも。半年後には、この ERPコンサルタントは、所属するERPベンダー企業でERPの操作方法については1番になったそうだ。クレームを持ってきたマネージャーをどうやって説得したのかは、残念ながら覚えていない。ただ言えることは、そのコンサルタントが原因でプロジェクトの進捗などに悪影響が出た場合、私がその責任を取る覚悟があったことだけは間違いない。
さて、S社、H社、T社の本番稼動まで、なんとかこぎつけた。残された顧客はM社だった。この顧客の場合、既存の車種向けの受注処理の仕組み以外に、新車の発売に向けた受発注の仕組みも構築する必要があった。つまり、ERP導入という仕事の一部として、M社からの受注データ(生産台数)を8社の協力会社に発注する仕組みだ。
私は、8社の業者には会ったこともないどころか、何をしている企業なのか、どこにあるかも知らなかった。全く何もわからない状況で、新車の発売日だけは既に決まっていた。私は思った。これは、IT部門の仕事なのだろうか? 確かにITのスキルがないと受発注の仕組みを作ることはできない。現実は、そんな言い訳じみたことを考えているような余裕はなかった。私はリーダーだったのだ。この受発注の仕組みを短期間にどうやって構築したらいいのか、 ERPとの連携はどういう仕組みにすればいいのか? 私の力量では、いいアイデアは浮かばなかった。
どういうわけか、社長(アジア太平洋地域の責任者)から激励のメールが届いた。いいタイミングだった。最初の難題には上司が動いた。上司は、M社の上層部とのパイプを持っていた。そしてH市に飛んで解決策を持って帰ってきた。私はすぐにその解決策を持っている業者に会いに行き “使える!” と判断した。
まずは、8社の代表者にH市のホテルの会議室にお集まりいただき、協力要請の説明会を行った。1社だけ、非協力的な発言をした方がいた。先に進めるしかない。8社の協力会社回りを始めた。そして各社の社内事情を理解しながら協力を要請した。当社からの発注データを受け取る仕組みを各々の協力会社に作ってもらうためである。
そして、最終確認の面談を自社の事務所で、各社の方と順番に行った。そして、非協力的な発言をした方(専務)との最終面談になった。高圧的な態度だった。M社とは長年の付き合いがあるのに、なぜ新参者の言うことを聞かなくちゃいけないのか? というような雰囲気だった。もちろん、この会社から協力してもらわなかったら受発注システムの仕組みは完成しない。そうすると、新車の発売時期の遅れに直結する。
読者がこのような立場に置かれた場合、どうするであろうか?
私の両側にはERPコンサルタントが座っていて、かたずを飲んで見守っていたようだ。というのは、この会談が終わってから “どうなるかと思いました。流石ですね” と言われてしまったからだ。残念ながら、先方になんと発言したのか覚えていない。でもこれだけは言える。不退転の決意で、気迫のこもった発言をしたであろうことを。
もう一つの課題であったERPとの連携の仕組みは、導入に2回失敗した (と自分では思っていた) 件のERPコンサルタントが、素晴らしいアイデアを考案してくれて解決してしまった。

ちなみに、翌年、RJCカーオブザイヤー賞を受賞したM社のスポーツカーは、私のこの奮闘がなかったら、発売時期が大幅に遅れていたはずだ。
ERPの導入を担うプロジェクトリーダーに必要なマインドの一端を感じていただけたであろうか?